『自分時間』という言葉。響きから溢れ出る有意義さ、そして優雅さ。我こそ文化的生活マンなり!という高い意識の言葉を最近よく聞くようになった。
一人で静かに読書する自分時間。黙々と作業する自分時間。ハーブティーを飲みつつ窓の外を眺め、空飛ぶ鳥に思いを馳せ、アンニュイに溜め息をつく。そんな、自由な、自分時間。
この時間において大事なのは、何といっても過ごす場所である。空間である。スペースなのである。誰にも邪魔されず、ひたすら気分がアガる場所。そういったナイスな場所が、自分時間には必要不可欠なのだ。
いる空間を変えるだけで、人は簡単にその気になるもの。公園に行けばリラックスモードに、オフィスに行けば仕事モードに。異世界に行けば世界を救わなきゃいけないモードになる。人間の気分というのは、ほぼ環境に影響される。
今回は良い感じのモード切替ができ、自分時間を過ごすのに適している空間についてざっとまとめてみた。出先でこんな条件を満たす空間を見つけたら、チェックしておくといいかも知れない。
天井が高い空間

空間の天井の高さが思考の質に影響するらしい。
カテドラル効果といって、天井が高い空間では抽象的・創造的な思考が促進され、逆に天井が低いと細部に集中する思考が促進されるのだ。人は高い天井に解放感を感じ、無意識の抑圧から解き放たれるんだろう。なんとも不思議。
言われてみれば確かに、ホテルや美術館のロビーみたいな、全フロアをぶち抜いた空間に行くと芸術家になった気分とでもいうか、ちょっとクリエイティブな気持ちになる。
こういった場所はアイデア出しに向いてると思う。行ったことはないけど大聖堂のような場所もきっとそう。神々しいアイデアが湧いてきて、神聖な文章が書けたりするんだろうか。
逆にファーストフード店とかは客の回転率を上げるために天井を低くしているらしい。短時間でズババッとまとめたい作業などがあるときは、あえてそういう店に行くと良いのかも知れない。
それにしてもカテドラル効果…、名称がカッコよくて思わず口に出してみたくなる。「ほほう、それはカテドラル効果のおかげですか」とか言いながら眼鏡をクイッと上げてみたい。「このカードの能力、カテドラル効果により、エネミーカードを全消去!私の勝ちです…!」とか言って相手にぐぬぬと言わせてみたい。
ちなみにこの文章は、天井が高くなく低くもない中途半端な場所で書かれている。効果は見ての通りだ。半端なことはいけない。
階層が高い空間

高層階にある空間は、気分を向上させたり未来のビジョンを描きやすくなると言われている。
多くの人は「空を飛びたい」という願望を潜在的に持っており、高い場所に行くことでその願望が満たされたと錯覚し、思考が次のステージへ進むのだ。と勝手に解釈したけど、あながち間違ってないんじゃないかと思う。
ある研究結果によると、高い階層で過ごすことでポジティブで楽観的、かつ大胆な思考になるとのこと。高い階層といっても街を見下ろせるような高層階じゃなく、1階よりは3階、3階よりは5階といった感じの「今より高い場所」に行くだけで思考に変化が生まれるそうだ。
地面から離れることで、文字通り浮世から離れた気分になり開放感が得られることと、街を見下ろすことで万能感を持てたりするからだと思う。
たしかに『天空の城ラピュタ』でも、ラピュタについた途端ムスカが急にハッスルしていたので納得できる。
適度な雑音がある空間

静かすぎる無音の空間より、ある程度ざわめきのある空間の方が集中するのに適している。
うっすらとBGMが流れていたり、他の人がキーボードを叩いていたり、適度なボリュームでおしゃべりしているような場所が好ましいようだ。変な気を遣わなくて良いからか、あるいは常に音がある状態こそが自然だと遺伝子が記憶してるからか。
シーン…と水を打ったように静かな場所だと、些細な物音にさえビクッ!と反応してしまうばかりか「うああああ!なになにぃー?」と叫んでしまう繊細な僕にとっては、ちょっとした雑音は日常を感じさせてくれるのでありがたいと思う。
植物がある空間

植物がたくさんある場所はやっぱり良いものだ。草木を見るとき、人は心に安らぎを覚えるようになっているらしい。人間は自然とともに在れ。
ハンバーグの横にブロッコリーが添えられているだけでグッとうまそうに見えるのと同じだと思う。緑を目にするだけで「なんか健康的」といった気持ちになる。カップラーメンに微量のネギが入っているだけで「なんか許された」と感じるのと同じだ。違う?違うね。
心身を癒し、健康感や幸福感を感じることのできる空間のことをホリスティック空間という。緑が多い場所はまさにこのホリスティック空間といえる。なんだかファミコンの別売りコントローラーのような名称だ。
植物はメンテナンスが大変だから、草木が多い場所はそれだけ手がかけられている空間だ。そんな場所にいられているということが、贅沢さを感じさせてくれるんだと思う。
意識が高い人が集まる空間

そもそも自分時間という言葉自体が意識が高いんだから、意識が高い空間に行くのは全くもって自然なことだ。
「意識が高い」という言葉は揶揄として使われることがある。しかし自分時間を過ごすような人は、本当にいい意味で意識が高いと言える。
コワーキングスペースなどの『集中できる空間を求める人のためにわざわざ作られた場所』は、当たり前だけど集中できる要素が溢れている。だから、これまで挙げた条件のどれかが必ずと言っていいほど満たされている。
最初の方に書いたように、僕はとても単純なのでそういう場所に行くとたちまち「自分はひと味違うんだぜ」とその気になる。単純である。ピュアである。もはやかわいい。
環境を優先するようになって『自分時間』が濃くなった
気分がモヤモヤしてるときや、マルチタスクで頭の中が混線しているときは、いつもの場所にいては何も前に進まない。それどころか時間を浪費するだけだ。
時間には限りがあるのだから。ダラダラしたいときはいつもの場所で思いっきりダラけて、集中したいときはコストを惜しまずふさわしい場所に行く。
そんなふうにできるだけ時間あたりのクオリティを上げることが、人生のクオリティを上げることになる。自分時間、それは文字通り自分だけの時間なのだから、誰の目も気にすべきではないのだ。思いっきりカッコつけた、意識の高い場所で、自分を解放すべきなのだ。
そこで生み出されるものが創造的なものでも芸術的なものでもなく、それこそしょーもない駄文だったとしても、自分の気分がアガる、それ自体に価値があるのだ。さあ、レッツ空間!

